ベトナム・ハノイ旅行を通してベトナムの歴史を感じる

ベトナム・ハノイ旅行を通してベトナムの歴史を感じる ということで、ここでは2017/10/29-2017/11/2のベトナム・ハノイ旅行を通して感じたベトナムの歴史についてご紹介します。

これがベトナム・ハノイ旅行最後の記事になります。

 

ベトナムは歴史的に見ても過去に様々な国からの支配や侵攻を受けています。

具体的には中国王朝による支配、フランスによる植民地化、モンゴルによる侵攻です。

また、第2次世界大戦後にはインドシナ戦争を経てベトナムは南北で分裂し、その後ベトナム戦争を経て1976年にようやく南北統一がなされ現在のベトナム社会主義共和国となりました。

今回のベトナム旅行を通しても、至るとところにベトナムの歴史を感じる機会がありました。

ここでは、私がベトナム・ハノイ旅行を通して感じたベトナムの歴史についてご紹介します。

また、なぜ侵攻の対象としてベトナムが選ばれてきたのかについてもまとめようと思います。

  1. ベトナムはなぜ侵攻の対象となったのか
  2. 中国王朝による支配
  3. モンゴルによる3度の侵攻
  4. フランスによる植民地化
  5. 日本軍による進駐
  6. インドシナ戦争と南北分裂
  7. ベトナム戦争
  8. 南北統一(ベトナム社会主義共和国の成立)とその後

てんこ盛りですが順番に紹介していきます。

なお、ベトナムの歴史については以下のサイトを参照させていただきました。

ベトナム・ハノイ旅行を通してベトナムの歴史を感じる

1.ベトナムはなぜ侵攻の対象となったのか

まずはベトナムの歴史をご紹介をする前に、「なぜベトナムが侵攻の対象となったのか」についてまとめます。

簡潔にまとめると次の2つになります。

  • 地理的位置
  • 資源

地理的位置

一つ目は地理的位置です。

ベトナムは南北に1650km、東西に600kmと非常に縦長の国で、中国、ラオス、カンボジアに接し、さらには南シナ海に面しています。

南シナ海を通して、フィリピンやマレーシアにもアクセスが容易です。

東南アジアの中心地に存在するため、他国へのアクセスがとても便利であることが特徴です。

これがベトナムを侵攻する一つ目の理由です。

ベトナムを支配することができれば、東南アジアの各国へのアクセスがとても便利になります。

資源

2つ目の理由は資源です。

ベトナムは天然資源に非常に恵まれています。

南シナ海では石油が採掘され、ベトナムの輸出品目の第一位は石油です。

北部ではスズ、亜鉛、金、鉄などの鉱物資源が豊富に存在します。

中でもスズの産出量は世界第4位です。

また、ベトナムはスタールビーという宝石の産地としても有名です。

このように、天然資源に恵まれているために他国からの侵攻の対象となりやすかったと考えられます。

2.中国王朝による支配

ここからはベトナムの歴史についてみていきます。

まず最初の侵攻が中国王朝によるものです。

最初にして最長の支配期間であり、約1000年もの間ベトナムは中国王朝による支配を受けてきました。

紀元前111年の漢の時代から938年の唐の時代までになります。

したがって、ベトナムを旅行すると中国文化を連想させるものや景色がたくさん見られます。

今回のベトナム旅行で訪れたハノイも中国語では「河内」と表し、中国語からきているそうです。

 

また観光で訪れたホアンキエム湖も中国語で「還劍」という意味です。

伝説からつけられた名前で、かつて黎朝の初代皇帝である黎利が湖の宝剣を手にしたことで明との戦いに勝利し、その後、持ち主である竜王に剣を返すように啓示され、湖の中心近くにある小島に剣を返還しました。

それからホアンキエム(還劍)と呼ばれるようになったそうです。

剣を返還した小島には現在では亀の塔が建てられています。

ベトナム・ハノイ旅行を通してベトナムの歴史を感じる

過去の記事でもご紹介しているのでどうぞ。

 

 

また旅行で訪れたハロン湾についても、ハロンは漢字で「下龍」と書きます。

ベトナム・ハノイ旅行を通してベトナムの歴史を感じる

文字通り、龍が降り立った場所という意味です。

かつて中国からの侵攻を受けていた際に、龍の親子が降り立って中国軍を倒し、その後、龍の口から吐き出された宝石が島になったという伝承があります。

ハロン湾についてはこちらの記事をどうぞ。

VELTRAを利用してハロン湾日帰りツアーに行ってみた!

2017年11月29日

 

このようにベトナムの歴史は中国と密接に関わっています。

3.モンゴルによる3度の侵攻

中国王朝からの支配を脱し、1009年に「李朝」をします。

その後長期支配が続き、1009~1225年は李朝時代と呼ばれます。

1223年には陳守度が実権を握り、1225年に甥の陳太帝を皇帝とします。

この1225~1400年を陳朝時代と呼びます。

そしてこの陳朝時代に3度のモンゴルによる侵攻を受けました。

当時、モンゴルは元と呼ばれ、現在の中国をも支配し、大帝国を築いていました。

歴史の授業でも習った通り、この時代に元は日本にも二度侵攻しています。

さらなら領地拡大のため、ベトナムにも侵攻していました。

しかし3度にわたった元によるベトナム侵攻はいずれも失敗に終わりました。

主に食糧不足と暑さが原因で元は撤退したそうです。

4.フランスによる植民地化

1847年、フランス軍がベトナム中部に位置するダナンを攻撃し、フランスによる侵略が始まりました。

1858にはフランス・スペイン連合艦隊がダナンに進行しました。

1862年にベトナム南部3省をフランスに譲渡し、1867年にフランス領コーチシナが成立します。

植民地時代の始まりです。

その後フランスは、1874年に紅河通商権をとり、1882年にハノイを占領します。

ここからフランスによる完全な植民地支配がはじまります。

この植民地時代に食文化や宗教などの多くのフランス文化がベトナムに入ってきました。

そのため、現在のベトナムではフランス植民地時代を連想させる建物や教会が多く残っています。

こちらはハノイ大教会です。フランス植民地時代に建てられました。こちらの記事でも紹介しています。

 

ベトナム・ハノイ旅行を通してベトナムの歴史を感じる

また、本格的なフレンチを提供するレストランもたくさんあります。

ハノイで訪れたフレンチレストランについてはこちらの記事をどうぞ。

コスパ最強!ベトナム・ハノイで本格フレンチを食す

2017年11月25日

 

5.日本軍による進駐

そして第二次世界大戦中には日本軍による進駐がありました。

恥ずかしながら、私自身もこの記事を書くために調べるまでは、当時日本による進駐があったことは知りませんでした。

なんだか調べながら申し訳ない気持ちになります。

日本がベトナムに進駐したのは第二次世界大戦中の1940年のことです。

当時フランスの植民地であったベトナム北部に進駐したため、日本とフランスのよる2重支配となりました。

そしてこの日本の強引な進駐が当時の日米関係の悪化に拍車をかけたともいわれています。

その後、日本軍はベトナム南部にも進駐し、さらに日本、イギリス、アメリカによる日英米戦争が開戦します。

 

1945年に日本がポツダム宣言を受諾し無条件降伏を認めました。

その直後にベトナム独立同盟がハノイを占拠し、ベトナム民主共和国の樹立を宣言しました。

初代国家主席兼首相にはホー・チ・ミンさんが就任しました。

6.インドシナ戦争と南北分裂

第二次世界大戦が終了して間もない1946年、フランスに対する独立戦争が勃発します。

これがインドシナ戦争(第一次インドシナ戦争)です。

1949年にフランスはベトナム共和国の独立を容認、中国とソ連はベトナム民主共和国を承認しました。

1954年に独立戦争は終結しましたが、これと同時にベトナムは北緯17度を境に南北に分裂され、北ベトナムはベトナム民主共和国、南ベトナムはベトナム国となります。

その後ベトナム国はベトナム共和国に国名を変更しました。

ベトナムはドイツや朝鮮と同様に、冷戦時代の影響を最も受けた国の一つです。

7.ベトナム戦争

1962年、ベトナムとアメリカによるベトナム戦争がはじまります。

ちなみにベトナム戦争は第二次インドシナ戦争とも呼ばれます。

戦争は長期化し、1975年にようやく終戦し、ベトナム共和国は崩壊しました。

このベトナム戦争でアメリカ軍が使用した兵器が枯葉剤です。

枯葉剤はダイオキシンの一種を高濃度で含んでおり除草剤の一種です。

枯葉剤は人体に多大な被害をもたらし、その被害は被害者の子供にまで影響します。

ベトナムにはハンディキャップを背負った子供が多く生まれていますが、これは枯葉剤が原因であるといわれています。

このような状況からベトナムではハンディキャップを背負った子供たちの就職支援として、シルクを使った絵を販売する施設があります。

ここの従業員の多くはハンディキャップを背負っています。

この施設はハロン湾に行く途中で寄りました。

詳しくはこちらの記事をどうぞ。

シルクで作られたきれいな絵がたくさん売っており、一目ぼれした一枚を購入しました。

ベトナム・ハノイ旅行を通してベトナムの歴史を感じる

お値段130ドルです。

ベトナムの物価を考えるととても高価ですが、募金も含まれると思えば妥当ではないでしょうか。

 

そしてこのような歴史的背景が影響してか、ベトナムの一部店舗では現在でもアメリカドルによる支払いが可能です。

レシートにはベトナムドンの価格とアメリカドルの価格が両方記載されていることがありました。

これはアメリカによる介入があった影響なのですかね。

8.南北統一(ベトナム社会主義共和国の成立)とその後

ベトナム戦争が終結し、ベトナム共和国が崩壊したため、1976年に南北が統一されベトナム社会主義共和国に改名されます。

ここでようやく現在のベトナムの形となります。

1976年は私の両親もとっくに生まれている時代です。

これだけ最近まで戦争が続いた国はほかにあまりないと思います。

 

南北が統一された後もベトナムはカンボジア(ベトナム・カンボジア戦争)と中国(中越戦争)との戦争を経験します

戦争は長期化し、1989年にベトナム・カンボジアが終結し、1991年に中国との国交が正常化されました。

 

そこからベトナムはようやく平和な時代へと入ることになりました。

私は1991年生まれなので、私が生まれるときまで戦争をしていたことになります。

そう考えるとベトナムは平和になってから本当に間もない国です。

戦争を経験している世代のほうがまだ多いのだろうと思います。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

ここではベトナム・ハノイ旅行を通して感じたベトナムの歴史についてご紹介しました。

実際に旅行にいくと、様々な国の文化が混ざり合っていることが肌で感じられます。

食べ物、建物、地名などを見ても、他国から多くの影響を受けたことがわかります。

それをきっかけにベトナムの歴史について調べてみると、長きにわたって各国からの支配や侵攻を受けていたことがわかりました。

それゆえに様々な文化が混じりあっていることが理解できたと同時に、日本がかつて進駐したことを知って少し心が痛みました。

ベトナムの歴史をまとめると、「支配、侵攻、戦争」の3つだと思います。

平和になってからまだまだ歴史が浅いベトナムですが、旅行中に出会ったベトナムの方はみんな明るくて陽気な人たちばかりでした。

道端でギフトカードを売っているお兄さんもハロン湾ツアーで出会ったガイドさんも、みんな明るくて何より楽しそうに仕事をしていました。

ベトナムの歴史を知ると、長い歴史を経てようやくつかみ取った平和を全力で楽しみながら生きているように見えました。

 

海外旅行に行く際には、ぜひその目的地の歴史を少しでも知ったうえで訪れることをお勧めします。

歴史を知っているとその目的地の見え方が全く異なります。

 

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